週末はほぼ毎週昔からの友人とサーフィンを楽しむことが習慣になっています。
今週も海に出かけてお気に入りの写真をSNSにアップして、帰り道の車中で"今日も良い波だったねー"なんて余韻に浸っている時の話です。
助手席にいた友人が携帯をいじりながら、私のSNSの書き込みを見て""入水"という言葉が使われているが良くないという人もいるよ"との指摘がありました。
彼曰く入水とは自死の手段として水に入っていく様を表す言葉であるとどこかで読んだことがあるとのこと。
マジ?だってみんなサーフィンのことSNSにあげる人ってほぼほぼ入水ってキーワード入れてるやん!?
取り急ぎそれが本当なのか彼の独自の説なのかの確認もままならないまま、万が一彼のいうことが正しかったとすればこんなに不謹慎かつ恥ずかしいまつがいはありません。
目についたスーパーの駐車場に駆け込み速攻修正しました。
家に帰って家族サービスを終え子供も嫁も寝たようなのでようやく確認を開始しているのが今です。
まず"じゅすい"という読みであることすら今日知りました汗
大辞林 第三版の解説
じゅすい【入水】
( 名 ) スル水中に飛び込んで自殺すること。身投げ。にゅうすい。 「 -自殺」にゅうすい【入水】
( 名 ) スル① 水にはいること。② 水中に身を投げて自殺すること。入水じゆすい。 「 -自殺」
水に入ること自体もカバーしているように読み取れます。(特ににゅうすいのほうが)
精選版 日本国語大辞典の解説
じゅ‐すい【入水】
※談義本・根無草(1763‐69)前「船中俄にさわぎたち、八重桐入水(ジュスイ)と声々にいへど」
"特に、人が死ぬために・・・"というくだりが確かにありますね。
wikiは?
うむむむむ、"「水の中に入ること」だけとも取れる"。"用法表面的には"という言い回しが核心への明言を避けているように思えなくも無いですが、、、
今ある情報としては一概に入水という用語を使用したとてそれが自死に直結するというかというと、そんな気もするし、言い切れない気もするというのが実感です。言葉自体時代を経てニュアンスが変わっていくものなので難しいところではあります。
入水自殺はじゅすい自殺と読むのが正しいようです。
にゅうすいと読んだ場合のほうが若干自死感が薄まっている印象を受けていますが自分の中で結論が出ませんでした。
完全に正解かは分かりかねたものの友人の言う通り自死をイメージさせるニュアンスが強いのは確かなようなので今後は"入浴"と表現することにしようと思います。
それはそれで間違っているのですが(笑)、お風呂に入る感じで海に入っていく様を言葉遊びしている感じで気に入ってます。